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獅子文六『娘と私』

馴染み深い、人生の雑多さがあった。様々に形を変えて行く生活への、よく知った、呑気さがあった。一見相容れないもの同士が、平然と同居するが故の、厄介さまで、身勝手さまで、一つ一つ、自らの心を紐解くかのように、明快に、再現する言葉の、好ましさがあった。
愛情の中の、息苦しさ。息苦しさの中の、愛情。感謝の中の、嫌悪。嫌悪の中の、感謝。逆方向の感情を、同時に捉えたまま、人間は、生きて行けるもの。深い悲しみの中にさえ、身勝手さというものは、罪なく、入り込むもので、しかし、だからと言って、その悲しみが嘘になるとか、そう言ったことではなく、同量だけ、胸の内に、同居出来るのだと。災難の中にさえ、災難なりの、平穏があり、不幸をずっと、不幸なまま過ごせるものではなく、予期せぬ悲しみが襲おうとも、暗がりにずっと、佇んでいられるものでもなく、家族への愛情に、自らの身勝手さに、重い諦めに、図々しい呑気さに、後押しされ、生きて行くのだと。それは当然のことで、違和感さえ、平素抱くことは少ないが、言葉にすると、途端、気恥ずかしいものにも、後ろ暗いものにも、なり得る。そう言った機微、人生を、滋味豊かなものへと彩るような、人生の、面白さを象徴するようなものへの、照れが、後悔が、肯定が、何よりも、微笑ましく、感じられた。
生活、或いは家族と言ったものへの、素朴な愛情、愛着。呑気さ、気恥ずかしさ、鈍感さ、狡さ、惰性、諦め、温かさ、愛おしさ…すべて入り混じったような、その態度が、その姿勢が、ひどく馴染み深い、身近なものと、思えるからこそ、笑ったり、安心したり、くるくると、心は動き回るのだろう。涙と共に、愛娘を送り出した最後、物語の区切りのよさに、満足と、笑顔が、浮かぶ。
四国滞在時代は『てんやわんや』を自然と連想。記されている、戦争というものへの態度、戦後日本への思いは特に、その嫌悪も、衝撃も、熱意も、疲れも、違和感も、至極当然のもの、納得出来るもののように思え、獅子文六に対して抱いている、好ましさ、近しさの根源の一つとして、印象深い。
気恥ずかしさやら、後ろ暗さやら、図々しさやら、吐露する様、すべて含めて心憎い、あとがきまで、しっかりと楽しむ。
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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

あげこ

Author:あげこ
あげこ
女、1987年生まれ

読書感想中心。
矢川澄子、幸田文、森茉莉、武田百合子、津島佑子、笙野頼子、河野多恵子、岡本かの子、野上弥生子、皆川博子、津村節子、原田康子、村田喜代子、高樹のぶ子、高橋たか子、倉橋由美子、久生十蘭、室生犀星、武田泰淳、獅子文六…愛しています。

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