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室生犀星『杏っ子』

犀星自身の趣向がたっぷりと注ぎ込まれた挿話の数々が面白い。健やかに育ち行く娘を見つめた日々の、甘く苦い感慨。放つ言葉、振る舞いに潜ませた、鷹揚な愛情。娘を持つことの妙味、幼い我が子に湧き上がる願いの率直さ。自らの人生に抱き続けた思い。一つの小説として眺めた時、延々と続くそれらの連なりによって、物語はひどく冗長なものに感じられてしまう。各々が強い個性を放つが故に、まとまりのない連なり。舵の定まらぬ船のような、ぼんやりとした動きに、不安と退屈さの影は、終始つきまとう。だがそのすっきりとしない退屈さ、まとまりのなさこそがかえって、時に進むべき方向さえガラリと変わる、人生のわからなさ、一筋縄ではいかない面白さ、愚かしくも愛おしい生涯のおかしみというものを、絶妙に表現しているようにも思える。心の曖昧さはしばしば人生を滋味豊かなものに彩るが、物語はその曖昧ささえ、忠実に受け継いでいるかのよう。

美しい女人に対する憧憬、美しい女人への、尽きることのない、思慕の念。犀星の作品にはいつも、それらのじっとりとした息遣いを感じる。かつての想い人たちとの再会、鮮烈に残る記憶の中の、つるんと小さなお尻。今作にも色濃く記されたそれら。幼少期より育まれ、胸中に深く根付いているものであるからこそ、自然と言葉より滲み出るそれらには、陰湿なひたむきさ、思い詰めたような、切実な執拗さがある。女人への果てしなき憧憬、情熱より生じる思いはその奇妙さ、その特異さが何とも不気味ではあるのだが、しかしまたその不気味さが妙に可笑しくもあり、これらの思いの根深さもまた、室生犀星という人物に好ましさを付与する、魅力の一つであるのかもしれない。

読後ふと、森茉莉の室生犀星評を思い出す。自らの娘を見遣る、犀星の顔。森茉莉がそこに、父というものの愛を、哀しみに似た父の愛を見出し、妬みすら感じたという、犀星の表情。作中において、しばしば用いられる突き放したような物言い、言葉の冷たさ、手厳しさにこそ、密かに惚気るような色合いを帯びたそれらにこそ、森茉莉が哀情の顔と評した犀星の表情、そしてその愛情の深さを思う。結末に見せる、主人公の満足気な笑み。室生犀星という父親は、身勝手で、風変わりで、回りくどくて、だがそれでもどこか、微笑ましい。
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テーマ : 読んだ本の感想等
ジャンル : 小説・文学

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あげこ

Author:あげこ
あげこ
女、1987年生まれ

読書感想中心。
矢川澄子、幸田文、森茉莉、武田百合子、津島佑子、笙野頼子、河野多恵子、岡本かの子、野上弥生子、皆川博子、津村節子、原田康子、村田喜代子、高樹のぶ子、高橋たか子、倉橋由美子、久生十蘭、室生犀星、武田泰淳、獅子文六…愛しています。

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